linum.okimawa (リナムオキナワ) 大人女子のためのナチュラル服

大人女子のためのナチュラルで着心地の良い服を制作、委託販売。現在ネットショップ準備中。

子供から「学校へ行きたくない」と言われたら

高校生になってあっというまに一年が経った長女さん

 

 一年生最終日の昨日は

担任の男性教諭へお世話になったサプライズをクラスみんなで仕掛け、泣かせたという

そして高校生になって初めての通知表を持ってきた

 

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評定平均4.9、成績上位者って

親の私もすごっ!と思った

 

しかし、当の本人は

「保健がね〜できなかったんだよね〜」

とオール5でなかった事を不満そうに話す 

 

ここでは先日、私が内藤勲さんのセミナーで学習した「無いではなく、あるを見る」をあたかも自分の言葉のようにアドバイス(笑)

それに、これはあくまでも他者からの評価 

 

高校生になってから部活を2つ掛け持ち、生徒会活動に、学級委員長までやってきた彼女

夏休みは部活に生徒会活動で一日も家にいなかった

 

親の私は、普段から「お願いされたからって何でもかんでも引き受けちゃダメよー。自分が本当にしたい事だけやったら?」と話してきた

なぜなら親の負担を軽くしたかったから?(〃ω〃)

 

そんな彼女が、大学受験へ向けてやっぱり予備校へ行きたいと数日前から予備校へ行き始めた

 

「今までの勉強でわからなかった所がわかって、とっても楽しい、学校より楽しい。わずらわしい人が関係もない(学校には女子特有のマウンティングをする子がいて嫌なんだと)学校行かないで勉強したい」

とな

 

私は即座に賛成!

目標あるし、素晴らしい!

 

「良いんじゃない?行きたくないなら、義務教育でもないし」

(義務教育でも、行きたくないと言われたら行かないで良いよと賛成するけれど。高校へ行くと決めたのも彼女だし)

 

私に行かないで良いよと言われた娘はすぐさま

 

「でもなぁ、大学行くなら高校の単位必要だからなぁ。推薦での受験も諦められないし、やっぱり行く」

と数秒で自分で答えを出した

 

私「そりゃ、そうだね」

 

中学生の頃の彼女の口癖は「どうせ私なんか勉強もできないし、部活も補欠だし」だった

親の私から見ていると、大きなエネルギーと可能性を秘めている彼女がそんな口癖で自分の殻に閉じこもっているのがもったいないと感じていた

 

そんな彼女に私は常々

「どんなに周りの人があなたを認めても、自分自身が自分を信じていないと持っている力を発揮することはできないよ。」

と声をかけ続けていた

 

じつはこれ、私が私自身にむけて言っている言葉でもある

親が子供にむけて言う言葉って、子どもを反映して自分にむけて言っている事がほとんど

 

そう声をかけ続け、彼女の力が発揮しやすいよう環境を整え、サポートしてきた

 

その結果、高校受験の時には2ランク上の偏差値の学校でもA判定をもらえるまでに成績が上がっていった

 

 

 

 

コミニケーションで大切な傾聴、共感、共有

 

ただ単に「学校へ行きたくない」のネガティヴに共感するのか、その先の目標、目的に向かって共感するのか

 

私が「行きたくない」のネガティヴに共感して聴いていたら、彼女はきっとしばらくスッキリしないでいたかもしれない

 

同じ聴くでも、受け取る側の姿勢で変わるし

「ネガティヴに共感する」って、聴く側も疲れる

同じ聴くなら、こちらも気持ち良く受け取りたい

 

 

学校へ行きたくないと言われたら

 

子供から「学校へ行きたくない」と言われそれでも無理矢理連引っ張り、怒鳴りながらも学校へ連れて来る親御さんがいる

 

見ているこちらも心が痛くなる

きっと親御さん、本人はこちらが想像もつかない程心が痛いよね

 

でもね、その時

何を大切にするか

 

「学校へ行かないと将来社会でやっていけないんじゃないか、勉強もできなくなる」

ってまだおこってもない親自身の不安や心配を優先するのか

 

学校へ行く事へ疑問を持ち

「なぜ学校へ行かなくてはいけないのか、型にはまりたくない、自分なりの考えや、感じる事、想いがある」

 という子供の気持ちを尊重、優先するのか

で親の対応も、子供の気持ちも違ってくる

子供は親の不安や心配をとても敏感に感じ取る事ができる

 

行きたくない理由や自分なりの考えを上手く伝える事が出来ない子ども達の場合、中にはその場や人のエネルギー、感情を必要以上に受け取ってしまい、そこに居るだけで精神的にも身体的にも疲れ切ってしまう子もいる

 

大人、子供関わらず気持ちや想いを理解、尊重してもらえないってつらくないですか?

特に、一番理解してほしい人に理解してもらえないとしたら・・・

 

そりゃあ、だだこねたくなりますよ!

 

それにまず「学校へ行く」という他のみんなが疑問を持たない事へ疑問を持ち、立ち止まって考えることができているって、すごくないですか?

 

まずは気持ちを尊重する

「学校へ行きたくない」と言われたら、その理由と気持ちを尊重してみる

 

本当に行きたくないなら行かないという選択をした子供をまずは尊重する

「行きたくないなら、行かないでいいよ。」

その後行くのか、行かないのか子供へ選択させる

 

(大切な事を判断する時は、食欲とか睡眠とか人間として基本的な欲求が満たされている時に限る。それが満たされていない時にはまず基本的な欲求を優先)

 

子供が選択した事実を心から認める

(自分で考えて選択できる時点ですごい事)

 

数日学校をお休みすると、暇だし、やることないし、お友達とあそびたいし

で自然とまた学校へ行きたくなったりすることも

 

 

 

行かない選択をした時に

ここで心配になるのはやっぱり学力

学力を上げたいなら、学校よりも塾へ行くという選択肢もある

今は、塾以外にもフリースクールなんてありがたい学校も

私の暮らしている地域では、学校を退職した先生が公民館で無料の塾をボランティアでしてくれている

 

極端な話、行かなくても義務教育の内は卒業証書もらえるんです(学校の先生、ごめんなさい)

学校の勉強以外に、学びたい事、やりたい事があるかもしれない

 

 選択肢はいくらでも

 

全否定されて、全てにおいて完全なやる気を失ってしまう前に

頭ごなしに否定するのではなく、話を聴いて一緒に色々な可能性を探って、選んでいけるってワクワクしませんか?

 

もう手遅れよ

なんて諦める前に、今からでもできる事を